軽井沢初のビステッカ専門のイタリアン。 四季折々の食材と輸出わずか1%のスイスワイン、幻の「シャスラ」と共に ビステッカをご堪能頂けます。 京都への修行を経て2021年軽井沢にてリニューアルオープン。 精製食品は一切不使用、食材は排泄まで実体験をし厳選。 ジャンルを超え、引き算のナオキのイタリアン。 日本人の為の日本人による日本の食材の潔いイタリアン。 パンドラの箱を開けるかは貴方次第です。 ビビビのビステッカ。
1967年10月10日、この世に誕生。
幼き頃より食に興味を持ち(噂ではフォークとナイフを持って生まれたそうな)(最初の第一声はオギャーでは無くビステッカだそうな)
納得いくまで同じ食を作り続ける習性があったとの事。最初に興味を頂いたのはパンケーキ。綺麗に美味しく焼けるまで小学校から帰るとすぐさまキッチン。犠牲者はご家族。毎日パンケーキ!朝、昼、晩とパンケーキ!!そのスタイルは今も健在。365日24時間キッチンに立つことを生きがいとする。
趣味は仕事。仕事は趣味。脳みその皺には料理しかございません。食材をみるとすぐにソースが浮かび食材選びから始まり一品を作ります。目が覚めし時から床につくまで頭の中は食だらけ!
左の瞳にはナイフのサイン、右の瞳にはフォークのサイン。シェフの居場所はキッチンです。もちろん会話は食を通じて。どれだけストイックかと申しますと、先ず食材は自らが食し排泄する所まで実験台になります。つまり食の安全を自らの体を使用し確かめてからお店にて使用させて頂いております。食体験はビステッカナオキ来店を決めた瞬間から排泄迄と考えております。
軽井沢は当時全国三本の指に入っておられましたスコルピオーネにて15年修行。その後軽井沢で独立し「Italian kitchen naoki」をオープン。イタリアへ渡りビステッカ(熟成ステーキ)の修行し、 念願の食の京都にて「bistecca naoki 京都店」を2018年オープンさせて頂きました。
京都留学3年を経て、パワーアップした日本人の日本人の為の日本人によるイタリアンをビステッカナオキ軽井沢としてリニューアルオープン。
じゃじゃーん。そして、誕生した”ザ・ナオキ”。ナオキのアイコン料理であります。
お客様方々の一生一度の一食を奏でさせて頂けます事衷心より御礼申し上げます。
頂戴しましたご縁に相応しい人となり店となる様、刹那に修養させて頂きます。
ビステッカナオキ 富坂直生
ビビビのビステッカ
1978年5月9日生まれ。
秋田出身の白い弟子。
185cmの長身で一日一回は頭をぶつけるのを趣味とする男子。
焼く事が好きで、肉マイスター一級を取得予定です。 (二級をとばして一級に挑む、落ちたらくび!とシェフに常に言われてます)
元は蕎麦職人、草津温泉にて蕎麦切り風来坊を営業されておりました。
が、重度の蕎麦アレルギーにて蕎麦職人に断腸の思いでgoodbye.
惜しまれつつ引退されし蕎麦職人高嶋修、このまま風来坊になるのか???と本格風来坊を目指しつつある中、縁あり時は軽井沢にてイタリアンを営んでおりました富坂シェフと運命の出会いをし弟子入り決定!
赤い眼鏡と白い弟子の物語の誕生です。
お二方とも食に関してのこだわりがダイヤモンドですので弟子入り時はよく背負い投げの喧嘩をされておりました。
投げられるのはシェフで投げるのは弟子。
シェフ曰く弟子に投げさせてやっていると強がりを言ってました。
その試練を乗り越え固い絆で結ばれ今では師弟関係針と糸の如しに相成っております。
現在ではビステッカナオキにてピッザイオーロ(ピザ職人)(高嶋オーロ) として手打ち麺練る事ならおまかせあーれと君臨。
また、肉焼き担当と厨房では常に炭まみれでおります。
屈強な精神の持ち主にて何度やけどしても懲りない。
何度くびになっても辞めない誰よりも美味しい賄いを食している高嶋修です。
高嶋氏の父上は松本一世風靡された鮨職人岩村でごわす。
なにげにサラブレッド!もちろん厳格な父上の元、数年修行をされております。
お客様に幸せになって頂きたく先ずは作る側が幸せにをモットーに、日々、精進させて頂いております。
弟子、高嶋修。
2024年1月よりお昼限定にて蕎麦前ナオキご提供させて頂いております。
熟成蕎麦の香りと10年越しのかえしの蕎麦汁をご堪能下さいませ。